母との絆
人の記憶は自分の都合で上塗りするもの。
母と暮らした思い出を探す旅に出た。
諸般の事情により、小学3年生の1学期だけ、山口県の宇部市に住んだことがある。


記憶によると小学5年生ぐらいだったと思っていたが、通知表には小学3年生の1学期とある。
昭和61年の僅かな期間、私は間違いなく宇部市に住んでいた。

大阪の南港から名門大洋フェリーに車と一緒に乗込んだ。
明朝、門司港に着き、唐戸市場で朝ご飯を食べることにした。
市場内の市場食堂よしで、うに定食を頼んだ。


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うにを一口食べた時に驚いた。
この独特のうにの味は、小さい頃に母と食べたことがある味だ。
山口県のお土産などにある生うにを瓶詰めに加工したあの味だ。
母は生のうによりも、この瓶詰のうにの味が好きだった。
子供ながらに瓶詰めのうには苦手であったが、この日は懐かしく、とても味わい深いうにだった。

朝ご飯も食べ終わり、秋芳洞に向かうことにした。


母に連れて行ってもらった場所だ。
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秋芳洞スペシャルサイト - 山口県美祢市観光サイト
カルスト台地だ。
子供ながらに、ここは歩くと穴が沢山あるので、落ちて死ぬ人もいる。
なんて話しを聞かされて、怯えたものだ。

さあ宇部市に向かおう。
目的は、宇部ラーメンの一久だ。


日本で最強の豚骨ラーメンは、宇部ラーメンだ : ひかるさんのところ
お店に入った瞬間に記憶が蘇った。
母に初めてラーメンを食べに連れて行ってもらったお店だ。
店内もその当時と変わりないことがはっきりとわかった。


旅を終えて、母との絆、あの頃の上塗りされた思い出の真実を少しでも取り戻せたのではないだろうか。
人生には時間があり限りがある。
また一段楽したら、母との思い出の真実を探す旅に出ようと思う。