魯山人の食卓「寿司道楽の話し」を読んで
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北大路魯山人について名前は聞いたことがあるが、その人物像について、なんとなく、こんな人だったのだろうぐらいの知識しかなかった。
グルメ気取りで、昔ながらの、具体的な数値や方法論を大雑把な評論で揉消して、偏見の強い人物なのではないだろうか?
何故ならば、美味しんぼを見ている世代なので、そのストーリーで度々登場する美食倶楽部を主宰する海原雄山の印象だ。
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魯山人の食卓 (グルメ文庫)
北大路 魯山人
角川春樹事務所
2004-10




それがどうだろうか。
魯山人の食卓を読むと、その印象は御ガラりと変わり、尊敬の念に堪えない 笑
まだ「寿司道楽の話し」しか読んではいない。
美味しんぼを見たことがある人は、記憶にあるだろうが、魯山人は京都の出身であるが、上方式の寿司などの料理には批判的だ。
上方式の飯の握りは余計な味付けをしており、大振りは安物であり、飯の握りの上等品とは小握りだと文中には書いてある。
確かにその通りだ。
関西は、関東と比べて、大きな握りの店がやけに多い。
安物?上等品?一見すると、独自の偏見に満ち溢れた固執した考えからの言動だと思うが、本を読み進めると、そういう安易なものではない。
ただ単に、大きく握っただけの寿司は安物だと言っているのだ。
これだけでも、そのバッサリ言い切るさまは、読んでいる方も気持ちがいいものだ。
では、彼の言う、美味しい寿司とはなんんなのか?
全てを書くと長くなるので、美味しい寿司の材料の条件だけ書こう。
米は福島辺りが一等であり、酢は米酢が一番良く、小さく握る。
米酢については、飯に三分づきくらいの色がつくものがよい。
必ずしも赤酢のことではないが、江戸前と言えば、赤酢だろう。
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この写真を見ていただきたい。
上のまぐろは築地の紀之重の赤酢の握りだ。
このように、色の濃い米酢が赤酢だ。
気になるはネタであるが、第一には、素晴らしいまぐろが加わらなければ寿司を構成しないと言い切っている。
写真の左下は、築地のすし富で、まぐろが美味しいで有名ではある。
これすなわち、魯山人の言う、上等な寿司とは、私の知りうる限りの築地では、全てを叶える寿司屋はなかったのではなかろうか。
九兵衛に関しては、後にも後述されているが、魯山人の求める上等の寿司かといえば、その限りではないが、決して、握りの美味しさだけではなく、店構えや、客層、使う器、出すタイミングなども必要であるからだ。
それはないと言うことには間違いないだろう。
魯山人の寿司の話しに、よく登場する九兵衛であるが、大将が、人間として尊敬でき、信頼できうる人物であったからこそ、九兵衛の話しが多いのかもしれない。
文中では、九兵衛の大将が大学を出ていれば、大臣級だと言っている。
このような内容の本は、読むと非常に疲れるため、このぐらいにしておこう。
鰻の蒲焼きに関して魯山人は、関西風は原始焼と言い放っているのには賛成できかねるが、全体の文章を読み返してから考えるとしよう。
この本を読み終えたら、「美味しんぼ」の漫画を大人買いしよう。
海原雄山の言動に、実の息子である、東西新聞文化部社員「山岡士郎」が子供に見えるのではないだろうか。
単に批判しているだけではない、山岡士郎が正しいと考えることも含んだ上で、海原雄山は批判していたのではないだろうか。
そう考えると、親子関係の本当の深さや、親としての役割などの良書ではあるか 笑

美味しんぼでは、たった一つの物事や言動で怒る山岡士郎なんかもあるので、そういうことかと考えが変わるには、魯山人の書籍を読むべし。